私たちは、道路を渡ってすぐの場所にある煌良ちゃんの城――紅茶専門店『Royal Leaf』、通称「霧笛(むてき)のティーハウス」へと歩き出した。
重厚な木の扉を開けると、『ボーッ……』という、船の霧笛を思わせる低く太いベルの音が店内に響き渡った。
一歩足を踏み入れれば、そこは外界の時間から切り離されたような、静寂と落ち着きに包まれている。
深緑とダークブラウンを基調とした、英国の書斎を思わせる重厚な内装。 テーブルごとに灯るアンティークランプの薄暗い光が、客の会話を外部から守る結界のように、秘密めいた空気を作り出している。 磨き上げられた大理石のカウンターの奥には、世界中の茶葉が収められた缶が整然と並び、鈍く光を反射して静かに主張していた。
そのカウンターの中に立っていたオーナー――本多煌良(ほんだ きらら)が、独特なベルの音に顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
鈴を転がすような、澄んだ声が響く。 身長160cmと小柄で、愛嬌のある童顔の美少女。トレードマークの黒髪のツインテールがふわりと揺れ、クラシカルなエプロン姿が板についている彼女は、この店の主であり、これから私たちが巻き込まれる数々の事件において「安らぎ」と「情報」を提供してくれる守り人だ。 店の一番奥には、空き部屋となっている上の階へと続くシンプルな木製階段が、ひっそりと影を落としている。
私は、彼女の視線を受け止め、少し誇らしげに告げた。
「煌良ちゃん、お姉ちゃん連れてきたよ」
「えっ……彩心ちゃん、それに」
煌良ちゃんの目が大きく見開かれる。 一瞬の空白の後、その顔に花が咲いたような満面の笑みが弾けた。
「えっ、ほんと!? 佳穂! わぁ、久しぶり! えっ! 来てくれたの!?」
カウンターから身を乗り出し、パタパタと手を振る煌良ちゃん。3年ぶりの再会だからか、それとも予期せぬ来店に慌てたのか、普段よりもさらにテンション高くまくし立てる。 対して姉は、その熱量を柳のようにさらりと受け流し、涼しげな声で応じた。
「ええ、久しぶり。相変わらず騒々しいわね」
「ちょっと、ひどいよ! 3年ぶりに会ったのに第一声がそれ!?」
煌良ちゃんが頬を膨らませて抗議するが、姉は表情一つ変えない。
「ファクト(事実)を述べただけよ」
「もう……! 佳穂ったら!」
私は、この噛み合っているようで平行線を辿る二人の会話を聞いて、思わず吹き出してしまった。 これだ。この温度差こそが、二人の通常運転なのだ。
煌良ちゃんはめげずに、話題を自分の城へと向けた。キラキラした目で姉を見つめる。
「どう、いい店でしょ! 内装もこだわったんだから!」
「そうね。悪くないわ」
「紅茶も美味しいわよ! 腕上げたんだから!」
「知ってる」
「えへへ……でしょ!」
佳穂の素っ気ない、しかし全肯定の返答に、煌良ちゃんは嬉しそうに破顔した。 煌良ちゃんは無類の紅茶好きで、昔からその日の気分に合わせた絶妙なブレンドティーを淹れてくれた。 姉とは小学生の頃からの付き合いで、中学、高校と青春時代を共に過ごした幼馴染のような親友。姉の天才的な頭脳も、社会的な欠落も、すべてを深く理解し受け入れてくれる、数少ない「対等な友人」だ。
明るく社交的で、誰からも愛される煌良ちゃん。 孤独を好み、論理で武装する姉。 一見すると正反対に見える二人だが、だからこそ磁石のS極とN極のように、強く惹かれ合うのかもしれない。
そして私にとっても、彼女はただの姉の友人ではない。 私の記憶の中には、いつも並んで歩く二人の背中があった。姉の冷徹な論理と、煌良ちゃんの温かい感性。その二つの引力に導かれるように、幼い頃の私はいつも二人の後ろをくっついて歩いていたのだ。
実の姉は、私にとって「絶対的な憧れ」であり、背中を追いかけるべき目標だ。けれど、その完璧すぎる論理と冷徹さは、時として近寄りがたい壁にもなる。 対して、煌良ちゃんは「等身大の安らぎ」だ。 私が姉の言葉の意味を測りかねて戸惑っている時も、エンパスの能力で疲れ果ててしまった時も、彼女は何も聞かずに温かい紅茶を淹れ、隣で微笑んでくれる。
冷たい論理で世界を切り裂く姉と、温かい感情で世界を包み込む煌良ちゃん。 タイプは真逆だけれど、私にとっては二人とも、幼き頃からその背中を見つめ、追い続けてきた――なくてはならない、大切な「お姉ちゃん」なのだ。

